17世紀から19世紀に渡りヨーロッパによる奴隷貿易の

拠点となったケープコースト城・エルミナ城。

負の世界文化遺産として当時の歴史を伝えています。

ケープコースト城の歴史は

17世紀のスウェーデン人が要塞として

建設したことから始まります。

そこからデンマークの占領を経て

イギリスの占領下におかれ、

当時のヨーロッパ・南米・アフリカで行われていた

三角貿易の拠点として使用されるようになりました。

アメリカ大陸へ渡った黒人奴隷の大半は

現在ガーナが位置するギニア湾の沿岸にある

このケープコースト城やその他の要塞から

輸出されたと考えられています。

アフリカの仲介人によって奴隷として捕らえられた人々は

ガーナの内陸部で競売にかけられたあと

沿岸の要塞へ収容されました。

収容後は最低でも数週間、手首をつながれた状態で

わずかに与えられた水や食料を摂取し、

トイレもなく光も空気も十分に入らない

このような地下牢で過ごしました。

ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、座るスペースもなかったそう。

地下牢は空気がこもって真っ暗で、

気が気でなかっただろうと想像するのも辛かったです。

やっと地下牢の外に出ることができても、

待っているのは劣悪な奴隷船の中での生活。

「いわしの缶詰のように」重なり合って数ヶ月の航海です。

"Door of no return"

ここをくぐり抜けると二度と帰っては来られないドアです。

うーん...

 

消沈したまま車で約15分のエルミナ城へ。

こちらは15世紀にポルトガルによって建てられたお城。

コロンブスが新大陸を「発見」する10年前に建てられています。

つまりもともとは、ケープコースト城も然りですが

奴隷貿易をするための施設ではなかったのですね。

サハラ以南最古のヨーロッパ建築だというこちらのお城は、

お堀があったりデコラティブだったりと、

ポルトガル・オランダの占領を経て

クラシカルで中世当時の姿を留めているような気がしました。

奴隷貿易が廃止された後も、第一次世界大戦時には

兵隊の育成所として使われていたのだとか。

お城としても一見の価値のあるエルミナ城ですが、

やはりここにも奴隷貿易時代の痕跡がありました。

右がヨーロッパ人用監獄(解放される)

左がアフリカ人奴隷用お仕置き部屋(死ぬまで出られない)

露骨...

占領していた国は違えど、

こちらも同じように非道で暗い歴史が影を落としていて、

ズーンと沈んだ気持ちになりました。

 

日本とは直接関係のなかった奴隷貿易ではありますが、

ガイドさんがおっしゃっていたことで印象に残ったのが

このような非人道的な出来事は世界中の様々なところで

今でも存在しているのだということ。

日本だって例外ではないのかもしれません。

同じ過ちが繰り返されないことを願って、

ぜひ多くの方に訪問していただきたいスポットです。

 

 

 

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